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title. project 3-20 『発』

date. 2022

city. Tokyo/UK

type. 樂

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かねてより私淑する本阿弥光悦の真作と思われる茶碗はそれほど多くない。
ロンドンのV&Aにはそんな光悦の茶碗が一碗展示されている。
昔からこれを見てみたかったのだ。
展示ケースの上の方に置かれた黒楽碗を、仕方がないので飛び跳ねて鑑賞する。
ご安心あれ、外れの方にある展示室なので殆ど誰も通らない。
あえて大きく括ってしまうと、五島美術館の『七里』、本阿弥家から明和頃に大徳寺に寄進された無銘の光悦黒、米国フリーア美術館に所蔵されている黒碗、関東大震災で消失した『鉄壁』などと同じような、腰の稜線のきっかりとした形の黒茶碗である。
この茶碗は他の鮮やかな光悦碗に比して決して派手ではないものの、全体として釉薬の発色が良く、艶のある釉肌に対してカセた釉肌もあり、形態も相まって荘厳な佇まいを有している。
そのように落ち着いた印象がある一方、正面と飲み口側では微妙に形態を変えてきている。
静かなようで動きのある茶碗を作ろうと思った。
ひとしきり跳ねた私は、帰途についた。

舞台は変わってノーフォーク地方の海岸。
化石が採れるらしく、岩を砕いている観光客がちらほら見られる。
海沿いの砂利道を歩いていると、ふと小さな紫色の石が目に入った。
鴨川石の色に何となく似ている気がした。
その3cmほどの石を拾い、試しに割ってみる。
内部はもっと茶色っぽく濃い色をしている。
釉薬になるかもしれないと思い、破片を持ち帰ることにした。

帰国した私は茶碗をすぐさまこしらえて、素焼きに回した。
拾ってきた石は、更に金槌で小さく砕き、乳鉢で2時間ほど擦った。
自然石は極限まで細かくしておかないと溶けなかった場合、悲劇に見舞われるらしい。
無事に十分な量の釉薬になり、施釉が終わった。
度重なる台風で焼成が遅れたが、できるだけ良いコンディションで焼きたい。

ようやく晴れた日に、久々の焼成をする。
4時間コースも覚悟していたが、鞴をふくこと2時間少しで釉が溶けた。
鉄分が鴨川石よりは少なかったと見え、黒にはならなかったが、また新しい色の茶碗ができた。
不思議な色である。
ライティングによって印象が大きく変わる。
緑がかった還元部分と、明るい黄色がった酸化部分、カセた黒色、火の運に恵まれ、正面から見るとそれらの色からなる景色があり、飲み口も滑らかに黄色釉が包み込む茶碗ができた。


落ち着いているが、どこか動きのある茶碗。
V&Aの茶碗から得たインスピレーションが、ノーフォークで拾った自然石と炎の力を受けて一碗に結実した。
日英を往復する中で出来た茶碗。
自然光の中で、溶け合う深緑色と黄色の釉。
『暎発』という言葉が浮かんだ。

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